Bagatelle ― please,take a breath of fresh air.
バガテルは、クラシック音楽でピアノのための性格的小品の一つ。 「ちょっとしたもの、つまらないもの」といった意味である。
 名称からして、大曲の作曲過程でこぼれ落ちた楽想や、ふとした思いつきで手すさびとして書かれたものという意味合いが強い。

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心がけ 14:07
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     Facebookをし出して、
    昔の友達や知り合いの姿も目にするようになった。

    「昔は楽しかったよね」
    「あの頃は何も考えずに遊んでいられたよね」

    そういうやりとりを見て、一部の人間の私生活が目に入ると
    心の奥の隅っこにチラつく、モヤモヤ感。

    きっとこの人たち、
    昔私をいじめてたことなんか覚えてないんだろうな。
    仲間外れにしたことなんか覚えてないんだろうな。
    ○○さんのこと影で笑い者にしてたこととか、
    覚えてないんだろうな。

    昔、影でコソコソ笑い者にされてるのがイヤでイヤで
    仲間外れにされるのが嫌で嫌で
    靴箱にいたずらされるのがイヤでイヤで
    「学校に行きたくない」って毎日言ってた時期があった。

    母は「闘ってこい!」と言って、休ませてはくれなかった。

    「いじめられてもいい、けど決していじめるな」
    「嫌われてもいい、自分で正しい判断をしろ」
    「影でコソコソするな、向き合ってこい」

    人に流されることなく
    己の目できちんと見
    自分の心に正しく判断し
    強い意志を持て

    そう言われた。

    そんな簡単なことではなかったけど
    「そうすべきなのだ」ということは母との会話で学び、
    常に意識するようになった。

    母が全てだったわけではないけど、
    その生き方は、確実にわたしの“イイ性格”の部分になった。



    おかげで、人の良い所がよく見える性格になった。
    だから、誰かを極端に嫌うこともなくなった。

    人とぶつかることも多いけど、
    不要に傷つけないよう、冷静に言葉を選べるほうだと思う。

    より、“今”を素敵なものにするのに必死だったから
    人生は基本、後悔のないものになっていった。

    何より、当時わたしを嫌っていた人たちを
    嫌わずに、恨まずに、済んだ。

    もちろん全てがゼロなわけではないけれど
    過去と共に生きる上で、カナリ楽な形になれたと思う。



    近所で偶然会った、昔私の悪口を言っていた子が
    「あー!yuraさんー!久しぶり♪」
    って普通に声掛けてきて、びっくりした。
    あの頃の強烈な不快感を覚えているのは私だけだったみたいで。
    じゃあ私も、忘れよう と、思えた。

    少し年を取り、お互い大人になった今からなら
    もしかしたら友達になれるのかもしれない。

    その可能性のほうが、よっぽどステキだったんだ。
    そう、思えた。



    私はこうなったけど(これは心から母に感謝している)
    私の周りには、昔いじめられた相手を恨んでる人もいるし
    今も嫌ってる人だっている。
    接点を持ちたくないがためにFacebookをしない人も知ってるし
    地元でビクビクしながら生活している子も知ってる。

    なかったこと にするのは結構しんどい。難しい。
    だから私も、こうやってときどきモヤッとする。

    十数年経った今更「あのときはごめんね」って言われても
    許せないかもしれない。
    けど、何もないよりはいいんじゃないかな。
    そんな可能性も、この人生のどこかに落ちてたりするのかな。
    なかなか難しいことなんだろうけど。

    もともと、大なり小なりどっちにも原因はあったと思う。
    だからこそ、自分の糧にしたらもう終わりにしたい。

    そういう、心がけ。 意識。
    一本筋の通った、心の美しい人でありたいな。


    | こころ小町 | comments(0) | - | posted by yura
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