Bagatelle ― please,take a breath of fresh air.
バガテルは、クラシック音楽でピアノのための性格的小品の一つ。 「ちょっとしたもの、つまらないもの」といった意味である。
 名称からして、大曲の作曲過程でこぼれ落ちた楽想や、ふとした思いつきで手すさびとして書かれたものという意味合いが強い。

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母の記録 09:03
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    記録続き。
    2010/1/23 2:27

    【おちる】 一部公開日記

    この日記は、一部公開になってて
    だいぶ選んでます

    これは垂れ流しの日記だと思う。
    弱い、弱い、一人では耐えられない私が
    私を傷つけないであろう人を選んで公開してて。
    そんな、ちょっとずるい日記。

    コメントレスもほとんどしてなくて。
    ごめんなさい。
    支離滅裂でごめんなさい。

    でもだって、外ではずっと笑ってられてるし
    仕事も普通にできるし
    寂しいのって、一人のときだけだから
    苦しい涙がこぼれるのも
    一人になったときだけだから
    だからこそ、そんな一時のために
    全部垂れ流したくなくて
    ただの屁理屈みたいなもんだけど。



    いやー、一人だとおちるおちる。
    一人で「おかあさん」って呼んでみたりする。
    何度も、何度も。

    お風呂の中で。
    和室の、お母さんの遺影の前で。
    布団の中で。

    どこで声をかけてみても
    もちろん、返事はないんだけど
    それでも何度も何度も呼んでしまう。
    やっぱり私、とても寂しい。
    とても、とても、寂しい。

    やっぱりさあ、もう少し
    もう少し、呼びたかった。
    「なにー」って
    答えてほしかったなあ。

    家の中
    廊下とか特に寒くてさ
    余計に寂しくて。

    毎日の流れに乗ってこなすしかないんだけど
    その、こなせばこなすだけ虚しさが増える
    けど、しなきゃもっと苦しいことも分かってる
    だからこれでいいと思ってるし
    特に問題視はしてない。

    やっぱり、とても寂しいよ
    この寂しさがやわらぐときが来るとか
    なんか想像できないわー。
    日に日に辛くなってくのに。

    けど何度も言うけど、いいんだこれで
    要するに、なんか
    どうにかしたいわけでもないし
    片親失った一人の人間としては
    最低限は全部クリアしてると思う

    欲を言えば色々あるけど
    それは欲だし
    今がダメなのかっていえばそうじゃないから
    むしろ私は幸せだなあと感じてるから

    だから、なんか
    ただ、この一人の瞬間
    苦しくてたまらないこの気持ち
    寂しくてたまらない、娘の私の心
    子供としての私の心
    それを少し、吐き出したいだけなんだ



    お母さんが入院したとき
    必ず帰って来るって約束してくれた

    手術したあと、
    お母さんの敵だった大腸と胃の大きな腫瘍を見た
    とてもグロテスクだけど、平気
    それより、睨みつけてやった

    余命を聞いて
    数年と思ってたのが、3ヶ月で
    頭が真っ白になった

    けどちゃんと先生の話聞いたよ
    分からないこと、質問したよ
    家族が現状を把握できないときは
    私ひとりで、先生に説明してもらいに行ったよ
    先生に呼ばれるたび
    逃げ出したかったけど、全部受け止めに行った
    私はお母さんと一緒に闘うんだって
    動けないお母さんの代わりに
    何を使ってでも私が動くんだって
    そう誓ったから

    それに私はもう大人だから
    齢25歳の、家の中では一番下の甘えっ子だけど
    それでも、ねえ
    普段は脆い私かもしれないけど
    どん底では私が一番強いんだ
    きっと、そうだったと思う

    それでも、私はやっぱりただの強がりなのか
    強くあろうと思っていたのか
    きちんと向き合ってた証拠なのか
    あとからあとから、一人になると涙が溢れてきて
    足場がぐらぐらしてて
    頭がくらくらして
    けど時間は一秒たりとも止まってはくれなくて

    たくさんネットで調べ物したりした
    全然知らない人にメール送って質問したりもした
    抗がん作用のある食べ物とかも調べた
    近い未来やってくる最期のその瞬間まで
    私は絶対諦められなかった

    いつかの日記に少し書いたことがあるよ
    当たり前の未来が叶わないと知ったとき
    どうやって受け止めたらいいんだろうって

    結婚式だって当たり前にお母さんがいると思ってたし
    出産も子育ても、お母さんがいると思ってた
    家を建てたい夢だって
    お母さんが相談に乗ってくれると思ってた

    何一つ叶わないなんて
    どうやっても信じられなかったし
    許せなかった

    許せなかった

    なのに、これは現実で
    受け止めるしか道はなくて
    ぐじぐじ立ち止まって悩む時間すらも
    微塵もなくて
    仕事があって、おばあちゃんとこも行かなきゃだし
    ご飯もしなきゃだし、キィも寂しがってるし
    お母さんのそばにもいたいし

    自分のことは最低限できたからそれでよかった
    心とか、腰とか、未来とか
    仕事とか、趣味とか、勉強とか
    最低限の「安全」だけ守ってたら
    それ以上はどうにもならなかったし
    どうにもする気すら起こらなかったし
    けど最低限を守らなきゃ
    お母さんに怒られちゃうから
    だから最低限、私自身が壊れないようには努力したよ
    お母さんと共に闘う上での絶対条件
    そんなこと私にだってわかるから

    今こうやって書いてるのだって同じこと
    最低限の安全を確保するためだ

    どこを捜しても逃げる道はなかったから
    こない未来のことなんか考えてる隙間なくて
    今、今日、この時間が
    どうしようもなく大切で 大切で
    押し殺して、押し潰して、毎日を過ごした

    一日一日、お母さんは悪くなってって
    私は毎日お母さんのところへ行けなかったから
    できるだけ毎日お母さんにメールを送ってたんだけど
    お母さんが死んだあと、開かれてないメールがたまってた

    今から書くことは、私の自慢

    お母さんが入院して
    できうる限りのことをした
    お母さんが手術して
    お母さんの余命をきいたけど
    先生の話から、目の前のお母さんから
    一度たりとも逃げなかった
    お母さんの意志を尊重して
    お母さんを最期まで見守って
    お母さんの手を握って見送った
    式の間は、驚いて悲しみに暮れるたくさんの人たちに
    謝りまくった
    お礼を言いまくった
    笑って 泣いて 感謝しまくった

    これは私の自慢だよ
    私、なにひとつ後悔はしてない
    入院するときに時間が戻ったとして
    それでも私は、同じ道を歩くだろう
    後悔しないように必死で走った3ヶ月間
    この世を去るお母さんの誇りでありたかったから

    お母さんが死ぬことは
    何も特別なことじゃない
    だれもが通る道だし
    考え方や、行動ひとつで
    私のように後悔残さず見送る事だってできる
    やっぱり神様は 公平だと思う

    だから私は
    ただただ、寂しい
    本当にそれだけ
    けどきっと、それが一番苦しいこと
    けどそれも、だれもが通る道

    私は被害者じゃないし
    悲劇のヒロインでもない



    お母さんは一度も家に帰ってこなかった
    やっと、やっと帰ってきたお母さんは
    小さな骨壷に入ってた

    思い出せるお母さんは
    ガリガリに痩せて
    苦しそうな顔で
    水を一口飲んで
    ガラガラの声で「おいしい」と言った姿

    最後まで諦めなかったお母さんは
    死ぬ寸前まで、今の自分にできる最大をこなした
    食べること
    水を飲むこと
    息をすること
    順番にできなくなって
    お母さんは死んだ

    私は
    お母さんが大切に思ってた人達に
    お母さんの願いどおり
    お母さんの笑顔だけ残せたから
    しあわせなんだと思う

    それに、遺影のお母さんは
    とても優しい顔してる
    微笑んでるっていうのかな
    だから、私はこれからいつでも逢える
    それでいいんだ

    ただ、寂しいだけだ
    あたりまえだ
    私はお母さんが大好きだからね



    大好きな大好きなお母さん
    大好きな大好きなお母さん

    25年間一緒にいてくれてありがとう
    けどこれからも私の傍にいてください

    私はお母さんのように強くなります
    必ず 強くなります

    だから寂しいときは たくさん泣きます
    いまも そう

    大好きな大好きな
    大好きな大好きなお母さん
    私とても寂しいよ
    涙が止まらないんだ




    コメント

    • RAYLA

      RAYLA2010年01月23日 03:39 削除
      わたしは未だ、親と確執があるので、
      何故、こういう家庭(ウチ)の家族は、死に無縁な暮らしをしているのに…
      これが、秋葉ちゃんが、お母様の訃報を日記に書いた時に思った事。

      わたし40歳、母67歳。
      元気です…
      ただ、父がやっかむので、母に生きている間に聞きたい事が聞けません。
      メールも出来ないしね。

      そんな母は、最近聞いたのだけども、大学進学を諦めろ。
      母親(わたしから言う祖母)のガンが、この先どうなるか分からないから…
      それもあってか、21歳で結婚したみたいですが、
      亡くなった祖母は、父をよくなく思っていたみたいで、
      未だ、夢に出てきて、そのことを非難するそうです。

      この祖母だけ、長年、入退院を繰り返し、自宅安静で、祖父がふっと席を外した時、
      ひとりですーっと逝っちゃったそうです。

      わたしが8歳の時で、母は35歳で母親を亡くしました。

      これが、結構早いと思っているので、それより若い年齢で、
      お母さんが病気で…という人(特に女性)の事を伺うと、
      料理伝授、生き方全てのマナーを、聞きたくても聞けなくて…
      はしゃいで、買い物へ繰り出したりが出来なくて、本当につらいだろうなって思います。

      ウチの話ばかりになってしまいますが、元夫の両親、もちろん現旦那の両親、
      わたしの両親は健在です。

      が、祖父母は、朝起こしに行ったら心不全で亡くなっていた(父方の祖母)
      脳梗塞のリハビリも済み、また会社の事で口出しするぞー!
      と思っていたのに、風邪をこじらせ、吐瀉物にて窒息、2日で急逝(父方の祖父)
      GWに調子わりぃなら、医者連れてくわ!と、邪険にされつつ、連れて行かれ、
      ガンもあったらしく、ほどこしようがないので、何もしません宣言から、
      3週間のお見立て通り、旅だった祖父(母方)
      肝臓がずっと悪かったけど、最後は余命2日と宣言された父の弟と、やけに急逝系が多く、
      りょんや、現旦那には、「急逝、しかもガン家系だから…毎回後悔しない暮らしをしよう!」
      と、提案しています。

      職も定めない旦那に、未経験業種で、これしてみたら?
      と言う度、むくれて、本気で頭に来られてるようで…

      秋葉ちゃんの件も、弔電打ったのと、同年って言ったから知ってんのに…
      旅行行って、既に復職してんのも教えたのに…
      おまえ、同じ立場なら受け止められんの?って怒れてならない。

      ちなみに、現旦那は、祖父の逝去で1週間くらい休暇を取ってました。
      「親の葬儀でも1週間もらえっか、もらえねぇかだわ」とメールして、
      戻らせたくらいでしたよ。

      比べる対象が、間違ってるかも知れないけど、
      秋葉ちゃんは、お母様の病気を知ってから、これ以上なく頑張ったとわたしは思う。

      お互い、1月は辛い月って定着しちゃうかも知れないけど、
      (保護者代わりになってくれた祖父が亡くなったのと、友達の事故死も1月なので)
      秋葉ちゃんは、おかあさんが見守ってくれている。
      その声、姿が見えなくなっただけ。

      ずーっと見ていてくれると思う。

      しばらく、肩の力を抜いて行こうじゃないですか。
      16年も経った祖父の死から、這い上がってないのがここにいるので、
      無理に死を受け止めたりについては、反対票とします。

      いる気がする!
      後ろにいたような?
      声が聞こえた!

      多分、心配したお母様が本当にやっているのかもね。
    • にゅんぺけ

      にゅんぺけ2010年01月23日 04:43 削除
      秋葉たそは本当によくやっていると思う。
      今はしっかりご飯も食べて、仕事もして、一杯遊んで。
      そうすれば自然に強くなれる。弱いまま強くなれる。
      お母様の無念も含めて丸ごと取り込んで幸せになってください。

      僕は秋葉たそがそうなれると信じています(^ω^)
    • KIT

      KIT2010年01月23日 05:58 削除
      選ばれし者参上(・ω・)ノ

      悲しいとか寂しいとか、それでいいと思うよ。
      ともかく、よく頑張った指でOK
    • こゅき:)

      こゅき:)2010年01月23日 06:54 削除
      悲しい時はいっぱい泣き、寂しい時は寂しいって言ってもいいんだょぴかぴか(新しい)
      あたしでよければ話とか聞くし、溜め込まないでexclamation ×2

      しかし秋葉ちゃんは本当に偉いよるんるん
      お母さんのためにいろいろ頑張ったんだねぴかぴか(新しい)実は私のおじいちゃんも肺癌で亡くなりました。うちはおじいちゃんっ子だったから癌って聞いた時はめちゃくちゃ泣いたよ。医者から余命3ヶ月と聞かされ本当に3ヶ月後に亡くなった。
      当時看護学生の一年生で病気の勉強をまだ習ってなかったから、いろいろ先生にも聞いたけど、もう手遅れだった。
      おじいちゃんには癌って言ってなかったので、ずっと「俺は一体何の病気なんや?」って聞かれても誤魔化してた。
      黙ってるのは本当は辛かったし、抗がん剤使ってたし、最後にはモルヒネっていう麻薬を使ってたよ。
      モルヒネを使い始めるともぅダメってのは聞いてたし、3ヶ月でガリガリに痩せてた。あたしが載帽式(ナースキャップもらう式)を見たいってずっと言ってたみたいで、待っててくれてたみたい。ナースキャップを見せた翌日に天国にいきました。
      もぅかれこれ7年前の話になるけど、いまだに亡くなったってのを受け入れてません。まだどこかにいるような気がするし、道端で似た人を見ると泣きそうになるよ。
      そして今は父が胃の良性腫瘍。いつ悪性になるかわからないみたいで、、、悲しいですもうやだ〜(悲しい顔)

      天国のお母さんが秋葉ちゃんをずっと見守ってくれてるよほっとした顔exclamation ×2

      頑張りすぎないようにねexclamation ×2

    • おりえ

      おりえ2010年01月23日 08:15 削除
      お母さんって呼んで。いつでも「なにー」って応えるから。
      私、秋葉ちゃんのお母さんのお知らせを聞いたとき、「私がお母さんになる」ってふと思った。

      この世界でもし、物理的なお母さんのぬくもり、声、形の代わりでも良ければ私がそうなるって。
      だからいつでも来て。「おかえりー、寒かったねえ。」って待ってる。

      私はあなたほど親孝行な、お母さんの自慢な娘さんを知らないよ。

      私から見ても、心がお母さんと直結しているのが明らかにわかる。

      メールが開かれていなくても、きっともう心で確かにつながって通じていたからじゃないかと思う。

      そしていつも間違い無く、一番近くでいると思う。
      「ここにいてるやん。」って、お母さんは微笑んではるよ。

      無理はしたらいかんよ。
      結婚の相談も、出産も子育ても、私でいいなら駆けつける。約束するよ。
    • しぃコ*君

      しぃコ*君2010年01月23日 08:36 削除
      おはよう(*゚ー゚)v
      あきはちゃんに手紙を書こうと思いつつ
      なかなか腰据えてペンを持つ時間的余裕がなくて(´Д`)
      子供の連絡帳さえまともに書いてない今日この頃…たらーっ(汗)
      寂しい気持ち、お察しします。
      泣いて泣いて泣きまくって。今は泣く時だよ。
      必ず立ち直れるからね!
    • ナブ

      ナブ2010年01月23日 09:27 削除
      寂しい時は泣けばいい。
      お母さんに変わる人なんて何処にもいないのだから。

      だけど、秋葉っちの周りには沢山の人がいて、
      これからも色んな人と出会い、
      さらにその輪が広がって行くと思う。
      その時々で支えになってくれる人達がいて、
      きっとお母さんも見守ってくれているだろから、
      四十九日には笑顔でいってらっしゃい と送り出してあげると良い。
    • giglio

      giglio2010年01月23日 20:43 削除
      きちんとお別れしていないからかな、現実味がなく…
      いまも忙しく毎日を過ごしている和美さんがそこにいる気がします
      大好きな和美さん

      大変な時に笑って迎えてくれたあなたは和美さんみたいだった
      あなたの存在こそが和美さんの誇り
      弱くても強くても
      あなたが大好きです
    • まぁ

      まぁ2010年01月24日 00:27 削除
      今でも和美お母さんの「はいはぁい」って明るい笑顔、明るい声。
      でもきっと由良ちゃんのこと、大好きだったと思う。

      うちの両親は去年離婚し、うちは結婚して籍は違うけど、母親の味方。
      でも別居。きっとこれからも同居することもないに近いと思う。
      今日は無事かな?ってことから考える。

      お墓はどこがいいとか、お葬式の費用は…といろいろ母親から話してくる。多分、私しか居ないから。そのたびに誰に知らせるのかな、曲は何をかければいい??と頭では思っていてもなかなか聞けずにいる。
      なるべく人様に迷惑を掛けないようにと普段から思っている様子。でも私にはそこまでしか分からない。
      私も由良ちゃんのように後悔しないように見送れるのか、自信はない。
      でも誰でも通る道、そうなのだけれど、考えただけで寂しくて怖くてどうしようもなくなる。
      きっと由良ちゃんはその中に居て、うちの何倍も寂しくて苦しくて…

      なかなか会うことは出来ていないけれど、メールや電話してくれたら相談でも何でも乗るからね。
      うちでなくても由良ちゃんの相談しやすい人にしても全然かまわない。それで少しでも安心してくれるなら。

      大好きです、由良ちゃん、みんな傍に居ます。


     
    | life | comments(0) | - | posted by yura
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